海と葬式
僕が帰ってきたときにはもう死んでいた。
去年の夏、僕は海に行った。
海が気持ちよかった。
あれほど気持ちいい海はなかった。
それほど僕は満足していた。
帰りには焼きそば買って帰った。
あれも良かった。
口の周りに青海苔が付いて。
どうしても食べたかったんだ!
ヤクザ崩れみたいな連中もその時ばかりは楽しそうに海で泳いでいた。
だから最初は驚いたんだ。
信史が死んできた時も。
あの時もそうだった。
帰ってる途中で忘れ物に気付いて。
また帰ってる最中も楽しかったなって。
そしたら信史死んでやんの。
びっくりして涙も出ないよ。
本当に。
あとこんな話もあった。
海は魔物だから気を付けてって。
モロに来るから気を付けてって。
何のことだかさっぱりなんだけどさ。
そういや昨日の葬式行ったか?
アイツ、アンパンマンの仮装して行ったらしいよ。
ハロウィンだからって。
ハロウィンも近いし信史も喜ぶんじゃねって。
そしたらさぁアイツ泣き出しちまいやがってからさぁ。
アンパンマンの顔が濡れちゃって力が出ないよーって言ってたんだ。
そしたらさぁ、一緒に海に行ってたアイツもさぁ、片鼻から鼻水出してさぁ、「片鼻から鼻水出してまーす」とか言い出してさぁ。
終わり
考えた
星空の都というところに行ってきた。
いっぽは休んだ。
正直作業所に行きたいわけではない。
真実も別に知りたいわけでもない。
だからこのままでもいい。
やっぱり知ろうとしてみようか?
何が知りたいか?
神様は人を操れるのか?
それと神様は人を殺せるのか?
あとひとつ神様は人を作り出せるのか?
あとは人はどの程度の話まで知っているのか?
それは世界中なのか?それとも日本だけなのか?
全身に壁を作ったとしてそれで動かそうとしてもガツガツなるだけだし、こっちの動きに合わせてやってもそれは操作とは言わないし、僕に触れないで首を動かす技術もわからないし、我慢すれば動かないし。
動かすために型をつけたと言い出したが、耳につけた理由がわからないからそんな訳がない。
答え操れない。
他の意味では操れるけど。
例えば死にたくなかったらとかだったら操れるんだろう。
他の人を殺すとかも言いそう。
それで死んだ人もいるかもしれない。
待て。
そういう意味では殺せる前提で話が進んでいた。
殺せないとしたらどうやって脅しているのだろうか?
誰も僕に伝える気がない状態を作るにはどうしたらいいのか?
やっぱり直接でも間接でも殺せるとしか思えない。
殺せると見せかけることもできるが、幻覚で見せたとしても本体をどうするのかわからないし、透明のままにしているかもしれない。
どっちにしろ今のところ言いに来ないということはまだバレてないか、本当に殺せるかなんだけど。
殺せるとして、次は間接か直接か判断してみよう。
これは直接じゃないと間接的に脅して殺してもらうには殺さないと信用してもらえないと思う。
俺が殺していたと思われる人たちはふざけていた。
だから死なないと思っていたのだろうか?
死んだら輪廻転生してやるよと言ってたのを思い出した。
だから何機もあったのかもしれない。
それに渋谷にいた人を殺していたという話も知らないのかもしれない。
インスピレーションで殺していた。
つまり剣をイメージしてそれを振りかざせば本物のように切れるという能力だ。
俺にはそんな能力はない。
証拠は自分でパソコンを切ろうとしても切れなかった。
邪魔したということなら神様は最初から邪魔できていたということも言えるわけで。
それは仮定の話だが。
操れるなら一度でも操ってみればいいのに。
神様がインスピレーションで殺していたとしか言いようがなくなってきた。
神様に法の裁きは効かない。
諦めるしかない。
それを俺のせいにされても困る。
あなたたちと同じように僕も神様に手出しはできない。
ずっと幻覚かもしれないと思っているのかもしれない。
操れるとしたなら自分で殺すこともできるし人に殺させることもできる。
そういう世界なのかもな。
俺は殺されるよりも殺す方が恐い。もっと言うと苦しめられることの方が恐い。
もう考えたいことはない。
市役所LOVE
映美は人生初の一目惚れをしていた。
それは仕事中だった。
映美は市役所に勤めている。
映美は免許証のコピーを取っていた。
そこに写っていた証明写真がドンピシャタイプだったのだ。
彼女は興奮した。
周りを見ると証明写真に写っていた人が受付に座っている。
きゃりーぱみゅぱみゅと阿部寛を足して2で割ったような顔をしていた。
つまりは女性らしさもありながら男性らしさもあるなんとも彼女が好きそうな顔をしていた。
免許証のコピーを受付で相手をしていた人に渡した。
映美は心の奥ではドキドキしていた。
しばらくその人のことを考えないようにして仕事をしていた。
振り返って見てみると、あっさり帰ってしまっていた。
やってしまった!
どうしよう。
映美は担当していた人に話しかけた。
映「あのー」
担「はい」
映「さっきの人、用件はなんだったんでしょうか?」
担「住民票を移しにですけど…なにか?」
映「いや、何でもないです」
映美はどうするか考えた。
そこでこっそり個人情報を見ることにした。
住民票のあるところへ行き。
映「さっきの住民票を移しにきた男性の情報なんですけど、間違っているかもしれないので、もう一度見せてもらえますか?」
職「いいですよ」
映美は見せてもらった。
免許証は前の住所のままだったが、移した先の住所を見つけた。
メモしてそのまま閉じた。
映「ありがとうございました。大丈夫でした」
職「そうですか。わかりました」
映美は仕事から帰ったらすぐにメモした住所を検索した。
映美「あそこかぁ」
映美の家からは少し離れていた。
映美は迷わず行ってみた。
綺麗なマンションだった。
オートロックで入れない。
近くの公園で監視してみたけれど監視カメラもあり、気軽には入れないことを知り、そそくさと帰っていった。
彼女は悩んでいた。
とてもタイプだが、どうしたらもう一度会えるのか分からなかった。
市役所の同僚の中に仲の良い人がいた。
その人に相談に乗ってもらおう思った。
同「なに、ストーカーみたいなことしたのー(笑)」
映「そうなの(笑)それくらい彼のことが気になるの」
同「そうなんだー」
同「じゃあもう一度市役所に呼び出すってのはどう?」
映「どうやって?」
同「偽装の手紙作るから、市役所からの。もう一度住民票移転の手続きお願いしますとでも書いとけばいいのよ。そこで、あんたが受付に入ればオッケーよ。その後は好きになさい」
映「それってバレたらまずいんじゃ」
同「いいのいいの。バレなきゃいいんだからバレなきゃね」
その日が来た。
彼が来たのを見て、一目散に受付についた。
セーフ。
なんとか間に合った。
そのまま住民票移転の手続きをやっているフリをする。
最後にLINEのIDを書いた紙を渡した。
映「はっきり言ってタイプです(笑)受け取ってください」
彼は変な顔して紙を受け取ったがすぐに踵を返して市役所を出ていった。
遠くで同僚が「グッジョブ!」とやっている。
映美は胸を撫で下ろした。
それから数日経つが連絡が来なかった。
LINEが来た。
そして、結婚した後は、そんなことも思い出さない日々が続いたとさ。
END
ジョギングタクシー
男が道路側に立っている。
手を挙げた。
ジョギングタクシーが止まる。
ジ「へいらっしゃい!」
ジョギング姿の男が立っている。
男「はぁ?」
ジ「はぁ?じゃないよ!ジョギングタクシーだよ!」
男「あの、なんですか?」
ジ「ジョギングタクシー知らないの?」
男「はぁ」
ジ「要はタクシーさ?乗ってく!?」
ジョギングタクシーは背中を指差した。
男「いや、大丈夫です」
ジ「タダだからさ!」
男は少し悩んだ。
男「いいです」
ジ「しょうがない千円払うよ」
男「え」
ジ「一万」
男「え」
終わり。
堀江健司
15/5から神様の攻撃は激しくなりました。
(その前もキツかったが)
デパスをやめれてよかったと思っている一面もありました。
神様だと信じた証拠があったんですね?
それから僕は悪人になってしまいました。
殺そうとしても殺せない。
それは全部神様のせいなんですよ。
大空館を退館して、実家に戻ってこころに通いました。
その日々は刺激的でした。
こころに通わずにいる日の方が刺激的でした。
その後は神様とか悪魔とか宇宙人とか「こ」とかが登場しました。
とてもつまらなかったです。
話の内容が興味なかったです。
無視して寝てました。
それから病院に入れられて、これまたつまらない日々を過ごしました。
お前が殺したんだぞと何度も言ってきて、くそつまんないやつだなぁとその時から思いました。
卑怯者と呼んだら勝手にどっか行きました。
しかし、矛盾の多い話でした。
小人を殺して天国に連れて行ったとか。
(それまでは小人が話しかけていました)
小人も神様なんじゃないかと。
しかし神様というのは存在しないのかもしれない。
なぜなら人間を殺しすぎたらいなくなってしまう。つまらないらしい。
だから一から作れない。
どちらか分からないだろうというが、神様か、神様じゃないか、分からないなら、神様と呼ぶ必要はなく。
神様は孤独に耐えられないと思う。
一番の反撃は全員死ぬというものしかない。
神様というのはつまらないプライドしか背負っていない頭の悪いやつである。
終わり。
堀江健司
1989年12月9日。
それが僕の生年月日だ。
その時には神奈川県の川崎市というところに住んでいたというが、一欠片も思い出せることはない。
ディズニーの写真と「毎日のように行ってたのよ」という言葉だけしかない。
一歳頃にはアトピー性皮膚炎を発症している。
それは今でも続いている。
中学生の時には膝の裏が酷いことになっていたのを思い出す。
机で立つ時に痛かったのを思い出す。
酷い時は塗り薬が無くて痒すぎて三日寝られなかった。
あの時もきつかったなぁ。
話は戻ってそれから宮崎→鹿児島→福岡→鹿児島→宮崎に転校して行った。
思い出せる範囲で一番古い記憶は。
福岡に行った時に年長さんでした。
初めて幼稚園に行った時にそこの園長先生と会って、顔も思い出せないが恐いと言った。
それから幼稚園には行かなかった。
母親が行かなくていいと言った。
公園で遊んでたらしい。
もしくは。
1回目の鹿児島の時にアパートの下でゲームボーイをしていて(ちなみにワリオのなんかだった気がする)(ほかにも幽遊白書のなんかもやってた記憶がある)男の子に(その時は俺も男の子だったが)覗かれた記憶がある。
ちなみにアパートの裏に階段があってそこの一番上から飛び降りて遊んでいた。
だから1回目の宮崎の思い出はない。
幼稚園の記憶もない。
小学校に上がってからの思い出は九九をすぐに覚えられたことと頭にボールが当たってクラっと来たのとライトに守ってたらションベン漏らしたことくらいかな。
あとは雪が降って授業が休みになってみんな楽しそうに遊んでいたことかな。
あとは特に思い出はないね。
四年生になったら鹿児島に転校になった。
父親がJTで働いていたから。
平社員なのに給料は良かったらしい。
30万くらい。
鹿児島ではやっと自意識が芽生え始めたぐらいかな。
優等生と言われたことと持久走で4位になったことくらいかな。
「小さいのにこんなに速く走れるんだからみんなも頑張りましょう」みたいなことを先生が言っていた。
5年生で宮崎に着き、やっと念願のマイホームを都城に建てて、今年で18年経ちました。
月日は早いものです。
ど田舎だったのですぐに友達もでき、楽しい日々を過ごしていました。
パソコン室でエロ画像見たり。(俺ではないが)先生に半ギレで返事してしまったり(これは俺だが)、体育館の奥でタバコを吸ってるやつがいたり、文化祭の練習をサボったらミチコ先生がキレてるって話を聞いてみんなそわそわしたり、勝手に学ランを着る中村愛がいたり、寝てる時に顔を背けるとショックな高橋由紀子がいたり、部活サボってみたり。
部活は卓球をやっていた。
楽しくなかったが。
なぜ楽しくなかったか分からないが。
今では楽しくやっている。
中学の話はこれくらいにして次は高専の話をしよう。
正直にいうと高専のスタートでつまづいた。
もっとうまいことやれば良かったと思っている。
つまらなかった。
何もかもが。
そういう年頃だった。
ロボコンにも入ったがすぐに辞めた。
三年の時に限界だったのと成績が良くないので退学した。
本当は大学受験したかったんだけどうまく行かなかった。
退学してニートになったが何にも負い目も苦しみもなかった。
気楽にニートをしていた。
父親はどうも気に食わないらしく、「どうするんだ?」の一点張り。
父親ともこの頃衝突をしていた。
頭がおかしいんだと思う。
それ以上は言えない。
俺がケータイを投げつけたり。
近寄ってきて腕組みして睨みつけるだけ。
頭がおかしい。
それはいいとして。
大学に行くとか言って結局行かなかったり(宅浪すると言っても言うことを聞かずに予備校に入れたり)、若者自立支援塾に行かせたり、家庭のことはほとんど何もしなかった父親。頭がおかしい。お話し合いになれない。
退学してから一年ブランクがあっての東京に行きました。
ゲームの専門学校に行きました。
今でも思います。
ゲーム制作に関わってみたいなと。
3ヶ月で帰ってきました。
埼玉の戸田市に住んでいて専門学校があるのは新宿です。
知ってる人もいると思いますが、コクーンタワーのとこです。
戸田市というのは僕にとってはショックなところでした。
都会というところが僕にとってはカルチャーショックだったのかもしれません。
そもそも働きたくない人を無理矢理引っ張り回したからこうなってしまったと反省すべきですよね。いかれポンチは。
その後宮崎市で自殺未遂をします。
なぜ宮崎市なのかというと、働くからと言ってすぐに宮崎市にアパートを借りて住んでいました。しかしなかなか働き口も見つからず、死んでしまおうと思いました。
しかしやったのは睡眠薬を30錠ほど。
洗剤を水に薄めて飲んだが、吐かせようとしたのは神様だったのかな?
そこで幻覚を見て、警官に泣きついて、その日は終わりました。
実家にまた連れ戻らされて。
地獄の日々が始まりました。
覚悟のない方はもう読まない方がいいと思います。
殺気を出していたのに気付きませんでした。
誰からも見捨てられてしまいました。
東京から帰ってから一年はきつくて暗くて暗澹としていました。
それからニコ生というものに出会って救われました。
楽しい日々を過ごしていましたがそのうちブームは去って行きました。
自分で配信しようと思ってやり始めたのがいつか忘れました。
livetubeでやったら顔出し配信だけでかなり人が来ました。
トークは昔はもっと暗い少年でしたので下の下くらいでした。
時系列を覚えてないがとなりのひとが車から何か言っているのが聞こえ、キレた思い出があります。
その人たちは生きているのでしょうか?
東日本大震災もあり、心が痩せ細っていました。
それから2012年11月3日にブチ切れて失神しました。
オーラをおかしくさせられていました。
おかしな年の重ね方をしました。
42度の熱も出たこともあります。
ただの知恵熱でした。
父親も母親も俺の異常事態に気付かない頭のおかしい人たちでした。
その後は薬を飲み始めてブクブク太っていきました。
そして2013年の末に大空館に行きました。
楽しかったです。
またあんな風に楽しく過ごせたらなぁと思います。
釣りをしたり、カラオケに行ったり、カルタを作ったり、七夕の短冊を作ったり、実習生が来たりもしました。
そのうち2015/5が来ました。
後は割愛させていただきます。
以上です。